ティーカッププードルを見てたまげる。

人間の技術は、何か発明をするとその次は決まって小型化に進みます。
携帯電話しかり、パソコンしかりで。
しかし、昨今は機械だけでなく、生物や植物まで行っていることをご存知でしょうか。
ティーカッププードル、このプードルを見た時はたまげました。
片手で持てる犬って…。猫より小さいじゃん!って。
なんか、普通に暮らしてたら踏んでしまいそうな、不安に駆られます。
植物では、かぼちゃ。掌に乗るかぼちゃって。
いつも買ってる4分の1カットのかぼちゃじゃないですか!
しかも栄養素がギュッとなっているらしい。
4分の1より、優秀なのか…。
もうこうなってくると、スモールライトが開発されている可能性もありますね。

上大岡へ賃貸を探したとき、横浜にも賃貸の足を伸ばして。

生命の不思議はその生物の見た目だけでも十二分にそれを理解することができます。
普段食卓に並ぶ魚と深海魚を比べるだけでも
生命の生きる為の力といったものを感じることができます。
生きる環境でこれだけ姿、形が変わっていくんだ。
長い年月をかけて生きるという適応を受け継ぎ進化してきた。と感心してしまいます。
人も国を出ると人種の違いを大きく感じることができますが、
もっと目と脳の解像度を上げてみると、日本にいても人種の違いを感じることができます。
上大岡へ賃貸を探したとき、横浜にも賃貸の足を伸ばしていたのですが、
大した距離でもないに住む人の人種の違いというものを感じました。
きっと生きる風土が僅かに違うのでしょうね。不思議です。

以前見た横浜の造園は、まるで生きているようだと。

ある種の芸術を評する言葉として「生きている」ということがあります。
以前見た横浜の造園は、まるで生きているようだと思いましたが、
なにを以って生きているかというと、それは「躍動」だと思います。
しかし動だからといって、激しく動いているのではなく、
静の中の動といった、生命を喚起させるもののことです。
またなにを以って生命かというと、それは成長だと思うのです。
これも激しい成長ではなく、人把握しづらい木々もそれにあたります。
日々何かかが変わっていく様を見て、生きていると感じ、
またそれを美しいと思うのだと思います。
要するに生命は美しい!